KITAKAMI NEWS

【20代の肖像】vol.27 牛の健康を支える削蹄師として全国へ。

2022年5月30日

きたかみリズム×きたかみ仕事人図鑑

 

 

 

 

牛の健康を支える
削蹄師として全国へ。

 

 

vol.27  髙橋 一午(たかはし かずま) 27歳

 

 

子牛を飼いたい……、それが出発点。

 

 

「牛が好きなんですよね」

 

 

そう語るのは、3年8ヵ月の修行を終え、昨年の2021年9月に牛の爪のケアをする削蹄師(さくていし)として開業した髙橋一午(たかはし かずま)さんです。

 

 

 

 

一午さんの実家は、北上市の西部に位置する和賀町岩崎新田で代々繁殖牛を育てる農家さん。そのため一午さんにとって牛は子どものときから身近な存在であり、特別な存在でした。

 

 

「小さい頃は身体が小さいので、『危ないから』という理由で牛に気軽に近づけなかったんですよ。でも、少しずつ牛の世話ができるようになって、『水上牧野』※の管理の仕事をうちの爺ちゃんがやっていたんですけど、その仕事も一緒に行って手伝ったりできるようになったときはうれしかったです」

 

 

※水上牧野:岩崎新田にある市営の牧野で、例年5月中旬から10月まで市内の農家の繁殖牛を受け入れ、標高350mの高原にひろがる草原でのびのび育てている。

 

 

▲和賀町岩崎新田で代々繁殖牛を育てる一午さんの実家の牛舎。

 

 

一午さんは3人兄弟の末っ子。従って実家はお兄さんが継ぎ、一午さんは牛と同じように好きだったクルマ関係の仕事に就きます。しかし、牛のことは忘れられず……。

 

 

「クルマの仕事も楽しかったんですよ。でも、自分は生き物も好きなので『子牛を飼いたい』と思っちゃって(笑) 実際に飼おうとしたんですけど、そのときに子牛の値段が高くなって、自分じゃ手が出せなくなって……」

 

 

それがきっかけで牛にかかわる仕事がしたいという想いが強くなった一午さんは、友人を通じて知り合った獣医さんから「削蹄師」という仕事を紹介されます。が……。

 

 

「爺ちゃんが牛の爪を切るのを小さい頃から見ていたので、削蹄師の仕事は知っていました。牛の足を抱えて爪を切るんですけど、たいへんな仕事だなと思って見ていました」

 

 

そう語る通り、「削蹄師」の仕事に最初は乗り気ではなかった一午さんの気持ちを前向きに変えたのが、油圧式削蹄枠を使用する最新の削蹄技術との出会いです。

 

 

▲作業場に牛を連れてくる一午さん。この日は実家の牛を削蹄。

 

 

▲一午さん愛用の油圧式削蹄枠はアメリカ製で1台600万円もしますが、牛にも人間にも安全でスピーディに作業できる点が魅力。作業をする際は牛を油圧式の枠場で保定し、牛の急な動きによる事故を防止しながら、わずか5分ほどで削蹄作業を終えられるため、牛のストレスも少なく済みます。

 

 

▲削蹄枠に保定された牛の世話をする一午さん。

 

 

山梨で3年8ヵ月にわたる修行の日々。

 

 

削蹄師の仕事に最初は乗り気ではなかった一午さんですが、「牛とかかわる仕事がしたい」という想いは強くなるばかり。そこで試しにネットで調べてみると、アメリカやヨーロッパなどでひろく活用されている油圧式削蹄枠を使った最新の削蹄技術を日本で取り入れているところを発見。

 

 

「山梨県にあったので自分で電話して実際に見学にも行きました。そこでは油圧式削蹄枠と機械を使って1日に120頭から多い日には200頭もの牛の爪を切るのですが、その迫力にまず圧倒されました」

 

 

 

 

当時から、どうせやるなら地元で独立してやりたいと考えていた一午さんですが、そのあまりのスケールの大きさに「独立して自分ひとりでできるのか?」と不安に。

 

 

しかし、男性ばかりだと思っていたその仕事で若い女性も活躍していると知り、勇気をもらえたそう。

 

 

「悩んでいても仕方ない。できないならできないなりにやっていくしかないと思って、まずは3年を目途にがんばろうと思ったんです」

 

 

こうして22歳のときに山梨県に引っ越し、それからひたすら修行の日々。さぞや大変だったろうと思いきや……。

 

 

「仕事は大変な部分もありましたが、それ以上に学ぶことがたくさんあって本当に勉強になりました。

 

 

そこでは油圧式削蹄枠と機械を使って削蹄する仕事はもちろんですが、牛の世話をしながら牛の飼い方や管理の仕方を学んだり、牛舎の床のコンクリートを削る施工の仕事もあったんですよ。

 

 

そうした仕事で日本全国を回っていろんな牛舎を見られたことも今の自分の仕事に役立っていて、とても貴重な経験でした」

 

 

こうして3年8ヵ月の修行を終え、地元・北上市に帰ってきた一午さんは昨年の2021年9月に開業。北上市どころか、岩手県内でも数少ない油圧式削蹄枠と機械を使う削蹄師として仕事をスタートさせます。さて、その反響は?

 

 

▲伸びた牛の爪(蹄=ひづめ)。爪が伸びすぎると歩行困難になったり蹄の病気を招いたりして、牛の健康な発育を損なう場合もあるため、定期的なケア(削蹄)が必要だそう。

 

 

▲削蹄作業をする際は牛の足を削蹄枠で持ち上げて保定し、削蹄器具のひとつ「サンダー」を使ってスピーディに爪を切っていきます。

 

 

▲「サンダー」を使って一気に爪を切っていくため、近くにいると切った爪が飛んでくるほど迫力満点。足を保定するため、削蹄だけでなく爪の治療もじっくり行える点も魅力だそう。

 

 

牛の健康を支える仕事を誇りに。

 

 

現在、一午さんは県内はもちろん北は青森県から南は三重県まで10軒ほどの農家さんを担当。通常は乳牛で年に3~4回、繁殖牛で年に1~2回、肥育牛だと出荷されるまで1~2回の削蹄が必要ですが、特に三重県の農家さんは大規模なため、毎月削蹄を依頼されるほど信頼を得ています。

 

 

こうしたお客さまは知り合いの伝手(つて)からひろがっていくそうで、実際に仕事をしてみて自分の技術を認めてもらうとその後の仕事に結びついていくそう。つまり、一午さんも自分の腕一本で勝負し、その技術で信頼を得ながら削蹄師としてのキャリアを着実にひろげているのでした。

 

 

そんな一午さんが仕事をするうえで大切にしているのが、個体によって爪の切り方を変えること。

 

 

「牛は一頭一頭違いますし、牛の種類や飼い方によっても爪は変わってきます。ですから、個体の特性に合わせて爪の切り方を変えるのは大事なことで、いつも意識してやっています。

 

 

やっぱり削蹄をきちんとすれば、牛の立ち方や歩き方もひと目で良くなったとわかりますし、それが牛の健康にもつながり、重量や乳量にも良い影響を与えるので、大切な責任ある仕事だと思って取り組んでいます」

 

 

牛は成長すると600kgを超える重い体重を、細い足と小さな蹄(ひづめ)で支えます。そのため蹄にかかる負担も大きく、爪のケアを怠ると歩行困難になったり蹄の病気につながったりするなど、健康な牛の発育を妨げる原因となります。

 

 

一午さんが削蹄の仕事にやりがいを感じるのも……。

 

 

「以前、爪の病気になった牛の治療をしたんですよ。その牛は乳牛だったので、病気が治らないと屠殺するしかないという状況だったのですが、自分が治療したことで病気も治り、牛の命を救えたときはすごくうれしかったです」

 

 

子どもの頃から好きだった牛の健康を足元から支える今の仕事は、一午さんの誇りになっています。そんな一午さんに今後の夢を尋ねると……。

 

 

「仲間を増やして会社をつくりたいです。例えば、自分がケガをしたりして仕事ができなくても、仲間がいればお客さまに迷惑をかけずに牛の爪のケアもできて安心じゃないですか。仕事を依頼してくださるお客さまも、その方が安心して依頼できると思うし……。そうできたらと思っています」

 

 

取材を終えると「週末から三重に行くんですよ」と一午さん。かわいい牛たちが全国で待っています。

 

 

▲上段が一午さん愛用の「サンダー」。下段左は削蹄前、下段右が削蹄後の蹄。

 

 

▲削蹄を終えて、一午さんも笑顔に。

 

 

▲油圧式削蹄枠をトレーラーに積んで全国へ。下段と右の写真は、名古屋港からフェリーに乗る前の様子。

 

 

▲休日は夏はバギー、冬はスノーモービルで野山を駆け巡るのが好きだそう。

 

 

▲子牛を飼うという夢も、いつか……。

 

 

 

 

髙橋一午さんの仕事:削蹄師として2021年9月に開業
岩手県北上市和賀町岩崎新田
Tel/080-6018-7970