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【市民ライター投稿記事】山間に眠る鉱山跡をたずねて 北上ヒストリーツアー

2023年7月20日

市民ライター 三宅 優子

 

 

こんにちは、市民ライターの三宅優子です。

 

 

突然ですが、皆さんは鉱山と聞くとどんな鉱山が思い浮かびますか?

 

岩手県内には、世界遺産に登録された橋野鉄鉱山(釜石市)、一時は東洋一の硫黄鉱山ともいわれた松尾鉱山(八幡平市)、奥州藤原氏の黄金文化を支えた玉山金山(陸前高田市)など、とても有名な鉱山があります。ふだん石や歴史にそれほど関心がないという方でも、「聞いたことある!」という名前があるのではないでしょうか。
今回私は、北上巣箱さんの企画する「北上ヒストリーツアー」で北上市内でかつて隆盛を誇っていた水沢鉱山跡地を訪ねてきましたのでその様子をご紹介します。

 

 

ツアーの集合場所はJR北上線岩沢駅。

 

 

 

 

ちょっと早く到着したのでホームも見学してきました。実はまだ乗ったことがない北上線。いつか乗ってみたいです。

 

 

 

 

岩沢駅構内に設置されていた「水澤鉱山展示室」にて、他の参加者のみなさんと一緒にガイドの深津咲奈さんから当時の銅の精製の方法や、銅山の様子などを簡単にレクチャーしてもらいます。
県内外から集まった参加者は私を含めて7名です。

 

 

 

 

北上巣箱の主宰、ガイドの深津咲奈さん。

 

 

水沢鉱山は江戸時代から第二次世界大戦後まで300年以上に渡って生産を続けていた銅山で、旧盛岡藩政下でもっとも息の長い鉱山だったそうです。鉱山で働く人の家族なども含めると、最盛期にはおよそ3000人の人々がこの山間の町に暮らしていたとか。
他の鉱山もそうであったように、現在の豊かな緑と静けさに包まれた山容からは想像できないほど、にぎやかな暮らしがかつてこの一帯にあったのでしょう。

 

 

 

 

展示室内にある水沢鉱山案内図。

 

 

夏油方面へ抜ける道は普段は車両通行止めになっているため、ツアーの際は特別にゲートを開けてもらい探索のスタート地点へ向かいます。安全のためにヘルメットを着用し、準備運動をしたらついに水沢鉱山跡へ。

 

 

今年は街にもクマが多く出没していますが、山は彼らのホームグラウンド。やはり緊張が増します。ばったり出会ってしまう前にクマに気付いてもらい、遭遇を避けるために大きな声とクマ鈴で存在アピール。少し道を進んだり、藪の中に入っていくタイミングで深津さんが

 

 

「こんにちはー!」

 

 

という大きな声を出してくれるので、我々参加者も「こんにちはー!」と声を張り上げます。以前のツアーでは樹上にクマがいるのを発見した、なんてこともあったそうですが、この日は我々の元気な挨拶がとどいたのか、クマに出会うことなく無事ツアーを終えることができました。

 

 

 

 

歩き始めてそれほどたたずに左手に黒っぽい小山が見えてきます。これ、なんだと思いますか?私は最初に目に入ったとき「溶岩かな?」と思いました。でも近づいてよく見ると、これって鉱滓(採掘した鉱石から純度の高い金属を得る過程で発生する不純物=スラグやカラミと呼ばれます。記事中でもこのあとこのワードがたくさん登場しますよ!)なんです。
スラグを実際に持ってみると見た目よりもずっしり重たく感じます。

 

 

 

 

スラグ山によじ登り、崖下の沢を見下ろしたところ。谷底まで崖の斜面みんなスラグなんです。道の方から小山を眺めた時には崖下がこんな風になってるなんて思いもしませんでした。すごい量。

 

 

 

 

スラグ山の上で記念撮影。あたりは緑に囲まれていても、他の岩や石と違ってぎゅうぎゅうに焼き固められているスラグの上には植物が生えていませんでした。マツのような針葉樹やシダ植物がスラグとスラグの隙間にたまったわずかな砂に根を下ろしている様子を見ていると、やっぱり溶岩の上に立っているような錯覚を覚えてしまう不思議な場所です。

 

 

 

 

スラグ山を下山し、緩やかな坂を上がっていくと右手に製錬所跡が見えてきます。大きなブロックのように見えるのはさっきも見たスラグを加工して作られた「カラミ煉瓦」です。日の当たり方で黒っぽくみえたり、青っぽく見えたり様々です。

 

 

 

 

スラグにも多少の銅が含まれてしまうので、ところどころ煉瓦の表面に緑青があらわれています。これまで見てきた煉瓦造りの建物とも、石造りの建物ともまた違う独特な雰囲気があります。

 

 

 

 

おとぎ話に出てきそうな景色。

 

 

さて、製錬所跡の見学を終えた後はガイドの深津さんの「このメンバーなら多少きつくても行けそう」との判断により、少し寄り道をして藪を漕ぎながら煙道見学です!

 

 

煙道とは銅の製錬の際に排出するガスを煙突まで誘導するための、文字通り、煙の通り道のことです。水沢鉱山跡に残る煙道は製錬所跡でも使われていたカラミ煉瓦で組まれたもので、いまでも側面と足元にどっしりとしたカラミ煉瓦が残されています。両手両足を使いながら煉瓦を足場によじ登るような場所もあり、煙道見学は間違いなく今回のツアーの山場でした。

 

 

 

 

必死。

 

 

 

 

煙道の先に見えてきた煙突。きっと最盛期にはこの煙突の先から何日も何日も煙が出続けていたんでしょうね。

 

 

「煙突はこれでフルサイズ?」

「もっと上に長かったんじゃない?」

 

 

と参加者同士で予想大会も盛り上がります。

 

 

登ってきたということは、下りなければいけません。急斜面をみんなで声を掛け合いながら下りていきます。

 

 

 

 

下りるときももちろん必死。

さて、斜面を下りきって製錬所跡までもどってきたら、次の目的地は山神社です。

 

 

 

 

なだらかな坂道を登っていくと右手にまたカラミ煉瓦でできた塀の跡が見えてきます。所長さんのお宅の跡だそう。建物はすでになく、敷地のほとんどが草に覆われていて草の陰から覗く塀の跡だけが当時の様子を伝えてくれています。

 

 

▲鉱山の守り神、山神社にみんなでご挨拶に伺いました。

 

 

 

水沢鉱山で生まれ育った方が今も近くにお住まいになっていて、地域の方々と毎月お手入れをなさっているとのこと。とてもきれいにされていました。「見学させていただいてありがとうございます」の気持ちを込めてお参り。

 

 

 

 

そしてついに最後の目的地、劇場跡に到着です。お祭りのときには活動写真なんかも上映されていたそうで、現在の北上の市街地から水沢鉱山へ遊びにくる方も多かったそうです。

 

 

 

 

参加者みんなで当時の集合写真風に記念写真を撮影しました。建物はもう残っていませんが、当時と同じ石段とおなじみになってきたカラミ煉瓦の塀がのこっています。

 

 

 

 

劇場跡地でみんなでお昼ご飯。休憩したら、スタート地点まで戻って水沢鉱山探索は終了となります。

 

 

今回初めて訪れた水沢鉱山跡ではまさに「ここにあった暮らし」を感じることができました。これまで数か所鉱山跡の博物館や資料館を見学したことがありましたが、やはり現地を見学できるのは何物にも代えがたい体験となりました。

 

 

閉山後に一度緑に埋もれてしまった鉱山跡を今のように整備してくださっている地元の方の思いにも少しだけですが触れることができて、大変貴重な経験になりました。この水沢鉱山がおよそ300年の長きにわたってこの地域にもたらしてきたものを、自分自身が学び、考えるきっかけにできるといいなと感じた北上ヒストリーツアーでした。

 

 

ガイドの深津さんが、

 

 

「最初は別のコース整備のために訪れたけれど、水沢鉱山のことを知って大好きになってしまった。水沢鉱山のことを他の人たちにも知ってほしい」

 

 

と探索前に話してくれました。私はまだまだほんの入り口しか覗けていませんが、一度訪れてみて

 

 

「たしかにいろんな人にこの場所があったことを知ってほしいな」

 

 

と感じてこの記事を執筆しています。

 

 

水沢鉱山をたずねるツアーは、初夏と、そして草木の勢いが落ち着いた秋口に開催されています。気になった方はぜひお問い合わせの上参加されてみてはいかがでしょうか?

 

 

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