
KITAKAMI NEWS
【20代の肖像】vol.64 私は鹿だ! 地域と神様をつなぐ踊り手に。
私は鹿だ!
地域と神様をつなぐ踊り手に。
vol.64 髙橋 亜加梨(たかはし あかり) 22歳
「人ならざる者」の存在にドキドキ!
子どもの頃に初めて見た鹿踊(ししおどり)は、まるで異世界に迷い込んだような不思議さで髙橋亜加梨さんを夢中にさせました。
「鹿踊って、顔が全然見えないじゃないですか。だから、子どもの頃に鹿踊を踊っている人たちを見て『本当に“人”なのかな?』 と思っていました(笑) 踊っている人たちの中に、人じゃない者が混じっているような気がしたんです」
▲「行山流口内鹿踊」は北上市口内町で200年以上にわたって受け継がれてきた伝統の踊り。
亜加梨さんの子ども心を刺激した鹿踊は、岩手県や宮城県にひろく伝承される風流芸(ふりゅうげい)です。「風流芸」とは装束や持ちものに趣向をこらし、歌や太鼓・笛などの囃子に合わせて踊る民俗芸能で、鹿踊は鹿の頭をかぶり、長さ3mもある白いささらを背負い、太鼓を打ち、自ら唄を歌ってダイナミックに踊るのが特徴です。古くからお盆や祭りのときに寺社の境内や家々の庭を舞台に、五穀豊穣・悪魔退散・家内安全などを祈願する踊りとして地域に親しまれてきました。
趣味と聞かれれば「鹿踊」と答えるほどこの踊りに魅了された亜加梨さんは、日頃からYouTubeでさまざまな団体の踊りを見たり、公演や祭りで鹿踊が見られると知ればそこに足を運んだりしていたそう。
しかし、自分でやろうとは……。
「鹿踊って格式高いイメージがあったんです。だから、初心者や女子には無理かなあと思っていました」
そんなときに出会ったのが、「行山流口内鹿踊(ぎょうざんりゅうくちないししおどり)」です。北上市口内町で200年以上にわたって受け継がれてきたこの踊りは、江戸時代に同地を治めていた仙台藩の伊達公より「ぎょうさんな踊り」と褒められたことに由来。装束に白く染め抜かれた仙台藩ゆかりの「九曜紋」や「竹に雀紋」なども伊達公より賜ったものだそう。躍動感あふれるダイナミックな踊りとともに、独特な唄の節回しと細やかな足の所作などが特徴で、亜加梨さんもその細やかな足さばきに魅せられたひとり。
しかし、一番の魅力は……。
▲中心に大きな星を置き、その周囲に8つの星を配する九曜紋は、江戸時代に口内町を治めていた仙台藩に由来。
つま先までキレイに! 口内の鹿踊に導かれて。
「助産師になりたくて、2年前に岩手県立大学の看護学部の編入試験を受けたんです。それに合格したのを機に、やりたいことは何でもチャレンジしてみようと思って……」
そのとき訪れた花巻まつりで目にし、強く印象に残ったのが「行山流口内鹿踊」だったそう。
「気になってX(旧Twitter)を見たら、『今日は練習の後にみんなでお酒を飲みました』とか書いてあって、すごくアットホームな感じがいいなと思ったんです(笑)」
格式高いイメージがあって近寄りがたかった鹿踊が「すごく身近に感じられた」と語る亜加梨さんは、さっそく同団体にコンタクト。
一方、「行山流口内鹿踊」は、もともと男性のみで継承されてきました。人口減少と担い手不足の影響で、北上市内にもいくつかあった鹿踊団体が次々に消え去り、現在精力的に活動しているのは口内町のみに。そこで2019年から地区内外・男女問わず幅広く門戸を開き、初心者でも鹿踊の魅力に触れられるワークショップを開催してきたところ、女性たちもメンバーに加わるようになったそう。亜加梨さんがコンタクトを取ったのは、まさにそんなときで2023年秋から「行山流口内鹿踊」の一員に。
▲毎週土曜日に口内地区交流センターで行っている「行山流口内鹿踊」の練習風景。
念願叶って子どもの頃から夢中だった鹿踊の踊り手となった亜加梨さん。初めて踊ったときの感想を尋ねると……。
「太鼓は重いし、装束も15kgくらいあるので、これを着て太鼓を叩きながら歌って踊るって『私にできるのかな?』とすごく不安でした」
▲5月24日(土)に行われた「第40回 詩歌文学館賞贈賞式」(岩手県北上市)の公演に向けて練習に励むメンバー。
おまけに1つの演目が40分から1時間以上かかるものもあるそう。
「この間も45分踊りました。結構、体力がいるんですよ(笑) それに見ていたときは気づかなかった足さばきとか細かい所作がいっぱいあるので、それを覚えるのも大変です。
でも、つま先まで気を配る細やかな足の所作は口内鹿踊の見せ場でもあるし、『足を見せるために白い足袋を履くんだよ』と教えていただいてからは、私も見ている人に足さばきがキレイだと思ってもらえるようになりたいと思ってがんばっています」
“見る側”から“見せる側”へ。立場は変わり、大変なことも多いそうですが、踊り手として鹿踊と向き合う日々を楽しんでいる様子。そんな亜加梨さんに、鹿踊を踊るとき大切にしていることを尋ねると……。
「『私は鹿だ』と思って踊ることです(笑)」と即答。その真意は……。
▲先輩のゆうとさんにアドバイスをもらって足さばきの練習。ゆうとさんは「鹿のように軽々と踊って」いて亜加梨さんもお手本にしている踊り手のひとりだそう。
地域の暮らしと神様をつなぐ躍り手に。
「装束を着ると鹿になりきれるんですよ(笑)」と笑顔で語る亜加梨さん。
「最初に『人じゃない者が混じってそう』という話をしましたが、今はむしろ私が『人じゃない者』になっている気持ちで、跳ねるときも鹿っぽく軽やかに。足もつま先まで意識してキレイに見えるようにして、重く見せないように気を配って踊っています。
子どもの頃は、『神様がどこかにいるかも』と思って鹿踊を見ていたんですけど、今は私が見る人に『神様がどこかにいるかも』と思ってもらえるような踊り手になりたいと思って踊っています」
▲5月24日(土)に行われた「第40回 詩歌文学館賞贈賞式」の様子。亜加梨さんは向かって前列右側に位置する「左狂」を担当。
そんな亜加梨さんを周りの仲間も温かく見守りながら応援しています。
「私もまだ2年目の新人なので、公演に出たときも自分が失敗したところばかりに目がいっちゃって落ち込んじゃうんですけど、周りのみなさんは『大丈夫、できてるよ』『よかったよ』といつも言ってくださるので、『次もがんばろう』という気持ちになります。
それに新人でも『次はこの役をやってみようよ』『練習だから。大丈夫、できるよ』と、いろいろなことにチャレンジさせてもらえるので、それもやりがいになっています」
▲鼻の上に青いボンボンを付けているのが亜加梨さん。「踊っているときの一体感が魅力。すごく気持ちがいい」そう。
また、見に来てくださった観客の声も背中を押してくれるそう。
「踊り終わって装束を外したときに『わぁー』という歓声が聞こえてきたり、『写真を一緒にいいですか』と言ってもらえたりすると、やっぱりうれしいです。その中には女性も多くて『私も若いときやりたかったんだ』という方もいて、改めて勇気を出して鹿踊の世界に飛び込んでよかったと思いました」
▲踊りを終えて。さて、今日の出来栄えは?
子どもの頃に憧れた鹿踊の踊り手として奮闘する亜加梨さん。今年の夏も8月1・2・3日に開催される「北上・みちのく芸能まつり」、9月に開催される「花巻まつり」など大きな祭りに参加予定。そこではきっと「鹿」になった亜加梨さんの軽やかな踊りが見られることでしょう。その出来栄えは? 「大丈夫、できてたよ」「よかったよ」という声が周りから聞こえてきそうです。どうぞ、お楽しみに!
▲「行山流口内鹿踊」では女性も多く活躍。その中には高校生も。
▲いつもやさしい「行山流口内鹿踊」のメンバーと。
髙橋亜加梨さんが所属する民俗芸能団体:
行山流口内鹿踊のホームページはこちら
岩手県北上市口内町
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